第48回 相馬・新地 2012年1月18日

先週の雪とはいきませんが、途中那須高原では最低気温が-6℃でした。天気が良かったこともあり、凍結箇所はほぼありませんでした。 夜中の2時半に相馬に到着して、寝袋に潜り込み仮眠。数日前からテレビや新聞で相馬の記事を目にしました。 それは、震災後に1ヶ月ほどお手伝いをした和田イチゴ農園(松川浦のイチゴ農園組合)の開園のニュース。 震災復興のひとつとしてお手伝いをした作業が少しでも役に立ち、再開のお役に立てた事を嬉しく思います。 ということで、午前中は農園のお手伝いをした斉川さんと館山さんを訪ねることにしました。

最初に斉川さんの農園を訪れ、斉川さんと再会。すぐにハウスに通され、今年のイチゴの味見をさせてくれました。 まだ色はほんのり赤くなった程度ですが、粒が大きくとっても甘いイチゴが出来上がっていました。 斉川さんの農場は津波の被害にはあっていませんでしたが、昨年の収穫がイチゴ農家になってはじめての収穫。 しかし震災で観光客も来なかったので大きな痛手でした。更には放射能の問題や復興ムードの中着々と今年の収穫まで毎日イチゴを育ててきたのです。 斉川さんの農園の次に、朝摘みイチゴの直売所へ斉川さんと一緒に行きました。現在組合で農園を再開しているのは5園。 その5園で取れたイチゴを直売しているのですが、テレビや新聞で開園したニュースを聞いたお客さんが沢山訪れ、あっという間に完売。

中にはいわきから朝6時に出発してきた手伝いをして本当に良かったと実感しました。ただ、例年は10以上の農園が組合に加盟しているのですが、 半分以上が津波以前の状態ではないので、直売で販売できるのも半分以下。完売後に訪れたお客様は購入することが出来なかったり、 後日郵送で送ってもらう手続きをして帰っていきました。

次に、館山さんの農園を訪れました。館山さんの農園は、4分の3のビニールハウスは未だに復旧していません。 というのも高齢の館山さんと奥さんだけで農場をやっているため、もう全部のビニールハウスを使っての農業はむりだと言っていました。 少し離れたところにある畑は誰かに貸してしまいたいともいっていました。現在は自宅の前の4本のビニールハウスでイチゴを育てています。 苗の植え付けが震災の後片付けで少し送れたため、まだ少し実が付いた程度でした。 来月くらいには食べごろになるので、楽しみにしててくださいと言っていました!

どちらの農場も100%の収穫ではないものの震災に負けずに着々と農業をされていていました。これって自立をしたという希望の光だと思います。 これからも色々な問題があると思いますが、頑張って欲しいです。そして、午後には相馬基地のお手伝いに。 今までは午前中の配布のお手伝いをしていましたが、ボランティアさんがお手伝いに来てくれているので、午後の翌日の準備のお手伝いのために午後に訪れました。 毎週木曜日は丸一日の配布日なので、準備がとっても大変です。ストックしている場所から配布場所に物資を補充し、ストックヤードの整理整頓。

今回の整理はオムツの仕分け。大量のオムツが支援物資として届きましたが、サイズと形態(パンツ・テープ)の仕分けをしました。 以前、倉庫業をしていた経験もあるので、ささっと作業をしましたが、あっという間に5時。 日が少しづつ長くなってきているので時間が過ぎるのがとっても早く感じました。 相馬基地のお手伝いはキリの良いところでお暇させてもらい。新地町の村上さんに物資を届けに行きました。 ここのところ一日に数箇所伺う流れで行動しています。本当に時間が足りない…この日だけでも1日30時間くらいあったらなぁって思います。

<現地の声>

・ イチゴの放射性物質はJA検査で検出されずでした。

義援金使途内訳

支援物資購入費3032円
交通費6977円
その他0円

購入した支援物資

品目
食料品

お預かりした支援物資

品目

斉川農園のイチゴ

直売所

あっという間に完売

館山イチゴ農場

館山家のキングくん

オムツの仕分け